野生を学び、共に暮らす。

私たちは、現在の社会が野生の命をどう扱っているかへの憤りから会社を立ち上げた。駆除という名目で殺される鹿。その革も内臓も、大半が廃棄される。

私たちは鹿革製品の開発と販売から始めた。「私たちの製品にはキズがある。このキズは、時に残酷な大自然を駆け抜けた鹿の命の軌跡だ」というメッセージは、一部のお客様に響いた。渡辺は大きな変化を起こせると信じていたが、どれだけ革製品が売れても、命を使い切ったことにはならなかった。市場は限定的で、構造は変わらなかった。

廃棄される内臓。私たちはそこに目を向けた。バイオガス生産、堆肥化。研究プロジェクトは技術的には可能性を示した。しかし、採算性と規制という壁に阻まれ、理想と現実の間でプロジェクトは思うように進まなかった。

現場で研究を進める中で、渡辺は気づいた。この問題の本質は、人と野生の分断にあるのだと。人が山を離れ、境界が曖昧になり、衝突が増える。少子高齢化は止められないし、便利になり続ける都会への集中は避けられないように見える。

しかし、それでいいのだろうか?このままでは、人類には自然・野生を捨てて、大きな直方体のなかに縛り付けられるような生活しかできなくなってしまう。私たちはもっと豊かな田舎生活を次世代に残したい。テクノロジーは私たちの時間を奪うのではなく、そういった生活を支えるためにあるのではないだろうか?

私たちは今、野生動物のモニタリング、データの可視化、情報の共有に取り組んでいる。少子化や都会への集中という大きな潮流には逆らえないかもしれない。でも、少人数でも田舎生活を維持できるようにしたい。

鹿革でも、バイオガスでも届かなかった場所に、テクノロジーなら届くかもしれない。もちろん困難な道だ。しかし命に責任を持つために、そして人と野生が共存できる社会を作るために、私たちはこの挑戦を続けている。

野生を学び、共に暮らす。